2012.08.19

教育現場でいう「連帯責任」とは?

甲子園出場チームの野球部員(出場メンバーではない)の婦女暴行・強盗という前代未聞の事件が発生しました。

私たちが子供のころは、喫煙・飲酒・いじめ・ケンカ等だけでも、連帯責任という名のもとで対外試合停止という処分が当たり前でした。

だからこそ、選手の誰もがそういうことをしない(しないのが当たり前なんですが、、、)ようにお互いを注意しあっていたし、

それによって、お互いの連帯感も生まれたものです。

しかし、最近は、本人のみの処分に終わり、チームとしては責任を追わない処分が目立つように感じます。

これも時代の流れでしょうか。

社会に出て、自分のミスで迷惑をかけた時、その本人だけ切り捨てるのと、その部署全体で対策を練り、全員で対応し、処分も全員で追うのと、どちらがよい会社だと思いますか?

社長となると、誰であろうと、会社が追ったミスは責任を取らなければならない事態もありますが、

だからこそ、チーム全体の雰囲気も変わるし、何より総合力が生まれます。個人の責任だけで終わらすと、何も成長がありません。

ある意味、これと同じなのではないかと思います。

学校教育の場で、一つのチームの一員で、お互いがお互いを刺激し合い、注意しあい、些細なミスはカバーできる関係、犯罪を犯せば、その犯罪を犯した人を制止できなかったチームの責任、というのを教えるべきではないでしょうか。

確かに、一生懸命練習し、レギュラーをとり、甲子園へ行き、試合にも勝ち、という時に、

次の試合停止となると、甲子園に来ている選手たちは浮かばれません。

せめて試合はさせてあげようと思う気持ちもわかります。

でも、もしそのチームが優勝しても、優勝旗は返還してほしい。それが、このチームの責任の取り方のように感じます。

優勝という事実は変わらない、他のチームが繰り上げとなるわけではない形で。

それができるチームは、本当の意味で成長できるのではないかと思います。

本日は、丸毛が担当しました。

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