2020.10.21
京都の中心部は、町が非常に細かく分けられており、
上京区・中京区・下京区にはそれぞれ約7㎢程度の区域に、
581町、498町、517町もの町数があります。(2009年時点)
それぞれ興味深い由来や特徴がある中で、
本日は、〇町目について取り上げてみたいと思います。
京都市上京区一町目○○番地
いつもは長すぎて文句ばかり言われる京都の住所ですが、逆にシンプル過ぎて大丈夫かと思ってしまいます。
厳密には、「大宮通丸太町上る」などが付きますが、「上京区一町目」で立派な住所なのです。
ちなみに全国でよく使われる、「一丁目」とは漢字が違うので要注意。
そして、一があれば、二、三・・・も当然ありまして、それらをひたすら列挙します。
上述の「大宮通丸太町上る」付近。
・・だけでなく、「東堀川通上長者町上る」と「松屋町通下立売上る」にもあります。
いきなりだいぶややこしい・・
「東堀川通下長者町上る」⇒東堀川通上長者町上る一町目の南に隣接します。これは分かりやすい!
「松屋町通椹木町上る」⇒松屋町通下立売上る一町目の南隣に「浮田町」を挟んでます。
尚、大宮通丸太町上るの近隣に二町目はありません。
「東堀川通出水上る」⇒東堀川通下長者町上る二町目の南側に接する。
「松屋町通丸太町上る」⇒松屋町通椹木町上る二町目と「中書町」を挟んで並ぶ。
この辺りは非常に分かりやすく並んでいます。
「東堀川通下立売上る」⇒安定して、東堀川通出水上る三町目に続きます。
尚、この部分は対岸の西堀川通(幹線道路/主要地方道京都府道38号京都広河原美山線)側も四町目です。
「日暮通竹屋町上る」⇒松屋町通丸太町上るの流れではあるのでしょうが、松屋町通から一筋西の日暮通にずれます。
間には、「左馬松町」「南伊勢屋町」を挟みます。
雲行きが怪しくなってきたところですが・・
「東堀川通椹木町上る」⇒東堀川通下立売上る四町目から、「東橋詰町」を挟んだところにあります。
ここの対岸は「長尾町」です。
「五町目」はこの1ヵ所のみで、代わりと言ってはなんですが、「五町目町」というダミーが御所西の下立売通烏丸西入にあります(笑)
「東堀川通丸太町上る」⇒東堀川通椹木町上る五町目、「西山崎町」、六町目です。
ここから南は中京区になります。
尚、「日暮通竹屋町上る四町目」の南は二条城が押小路通まであるため、消滅してしまったのかもしれません。
二条城は全域が「二条城町」という、「上京区京都御苑」に並ぶかっこいい町名です。
また、横串(東西方向)で見ると、
東堀川通の一町目は上長者町上る、
松屋町通の一町目は下立売上る、
大宮通の一町目は丸太町上る、
であり、
東堀川の六町目と松屋町通の三町目と大宮通の一町目が同じ緯度ということになります。
中京区は上記流れを引き継いで、七町目から始まります。
「東堀川通竹屋町上る」⇒東堀川通丸太町上る六町目との間に「丸太町」を挟みます。丸太町通の元となった町名でしょうか。
「東堀川通夷川上る」⇒東堀川通竹屋町上る七町目、「西竹屋町」、八町目です。
「東堀川通二条上る」⇒八町目との間に「西夷川町」があります。
中京区はシンプルに七、八、九が一ヵ所ずつあるのみでした。
尚、中京区には漢字違いの「四丁目」「五丁目」「六丁目」があります。
四丁目は柳馬場通竹屋町上る、
五丁目は柳馬場通夷川上る、
六丁目は柳馬場通二条上る。
四、五、六は南北に連続しており、四丁目と七町目が同じ緯度です。
四丁目の北は御所なので、かつては三丁目、二丁目、一丁目があったのかもしれません。
七丁目以下が無いのは謎です。
「丁目」は一般的に使われる方ですが、この場合は、
「京都市中京区四丁目」あるいは、「京都市中京区柳馬場通竹屋町上る四丁目」となるので、
京都の住所ルールが十分に分かった上でないと、とても理解できない超難解な町名と言えるでしょう。
ついで、上京区には「一番町」から「七番町」がありますが、これはまたの機会に。
さらに、「橋西二町目」などもあります。
いつもながら、京都の町名は面白い・・
本日は辻が担当しました!